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気づけば、何もしたくなかった
朝、雨音で目が覚めて。
布団の中にいる理由が、いつもより多く並んだ。
「疲れてるのかな」なんて、理由を探して──動けない自分に、また少しがっかりする。
でも、それって、責めることじゃないのかもしれない。
なぜ、雨の日はこんなにも重く感じるのか
雨は、空のため息のようなもの。
静かに降るだけで、ぼくらの身体は「守ろう」として内にこもる。
だから、心も身体も、少しだけ内向きになる。それは自然なこと。
それでも現代のぼくらは、止まることを「悪」としてしまう。
やらなきゃ。進まなきゃ。止まったら、置いていかれそうで。
でも、雨の日は、止まってもいい。むしろ、「止まって整えるための日」だったら?
少しだけ、動きを選び直すだけでいい
何もかも変えなくていい。
ただ「ほんのひとつだけ」気持ちが上を向く行動を、今日の自分に渡してみて。
☑️たとえば
- お気に入りの温かい飲み物を淹れる(準備→香り→口に運ぶ)
- 小さな整うをやってみる(メール1通を返す/洗濯物をたたむ)
- 自分のがんばらなかった記録を書いてみる(今日は休んだ、でOK)
たった1つ動くと、心が1℃あたたかくなる。
1℃上がると、外の景色の色も変わって見えてくる。
行動=努力ではなく、
「自分を緩め直すきっかけ」かもしれない。
あなたに今日、選べる余白があります
雨の日に動けなかったあなたは、怠けてなんかいない。
ただ、少し休んで、再起動するタイミングを待っていただけ。
だから今日、やってほしいのは、
「自分をせめないこと」と、「一個だけ、動くこと」を両立させること。
言葉にしなくても大丈夫。
このブログを読み終えた、そのあとに。
あなたなりの1℃を、見つけてみてください。



